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出生の秘密とその物語
  2002年03月11日 ver1.0

 それはちょっと変わった殺人事件でした。新聞の社会面に小さく載っていたのですが、今でもおおよそのことは覚えています。

 犯人の男は、夫婦げんかをしていたときに妻から、「子どもは、実はあなたの子ではない」と言われたのです。それでショックを受けて、後日、離婚を決意しました。そして、そのことで母親に相談をしたのですが、母親の口から出た言葉は、意外なものでした。「今まで隠してきたけれども、実はお前は私の子ではないのだ」と言われたのです。これを聞いた男は逆上して、家族全員を殺害したのでした。

 この事件は、「自分の存在とは何か」という、人間としての根元的なものが崩壊してしまったことによるのではないかと思います。そして、犯人の身になって考えてみますと、なにか切実な思いがしてくるのです。子どもは、実は本当の自分の子ではなかったのです。母親も、実は本当の母親ではなかったのです。すべてが嘘だったのです。ずっとだまされ続けてきたのです。では、いったい自分は何者なのでしょうか。

 私たちは、「自分とは何か」と自分に問いかけるとき、無意識的にまず自分の出生の由来を前提として考えます。私の父親はこの人で、母親はこの人。そして、私はこの両親の間に生まれた子どもである。そういう基本的な物語にもとづいて、自分というものの存在を理解するのです。しかし、ある日突然、親が本当の親ではないと知ったとき、存在の前提条件が崩れてしまうのです。そこで、自分の存在を確かなものにするために、出生の物語をなんとしてでも作り上げようとするのです。生きていくためには、どうしても自分自身の、生まれて育ってきた物語が必要なのです。

 しかし、世の中にはさまざまな境遇の人がいるのです。たとえば、「セクシャル・アビューズ」(*1)という本に出てくる女性のケースを考えてみましょう。彼女は、父−娘の近親姦によって生まれた子どもでした。母親がまだ十代のころに、実の父親に犯されて身ごもってしまったのです。産まれてきた赤ん坊は、すぐに養護施設に預けられました。母親はその後大人になってから結婚して、普通の生活を送っているのだそうです。その一方で、養護施設に預けられた子どもも成長して、やがて思春期を迎えるようになりました。そして、自分の親は誰なのかということを知りたがるようになったのです。施設の職員たちは対応に困ったようで、まさか「お前は、近親姦によって生まれた子なんだ」なんて言えませんので、みんなで「知らない」と言って逃げていました。彼女は感情の不安定な子どもで、施設から家出をしたり、自殺未遂をしたりしていました。ですので、もし本当のことを教えたら、自殺する危険があったのです。その後、職員たちは口裏を合わせて、なんとか一つの物語を作りました。「父親は今七十五歳になる。母親は死んでしまい、老人の父親では育てられないので、施設に預けられた」という物語でした。この物語を聞いたとき、彼女はちょっとがっかりしたようでしたが、すぐに落ち着きを取りもどしたそうです。そして、中学を卒業してから就職したのですが、半年後に暴走族の少年と同棲して、水商売の世界に入りました。しかしその後、引っ越したあとは、行方が分からなくなってしまったのだそうです。「セクシャル・アビューズ」の著者は、彼女について次のように書いています。

「幼いときに親に捨てられて、温かい家庭で育てられた経験のない子は、はげましてくれる家族もないし、だれのためにがんばろうという気持ちももてない。そして堕ちていくときには歯止めもない」

 たしかに、堕ちていくときは、どこまでも果てしなく堕ちていくのでしょう。彼女が出生の作り話を聞かされたとき、果たしてどこまでその話を信じたのかは分かりません。しかし、彼女は真実の物語を知りませんので、職員の対応に多少不自然なところがあったとしても、それは自分にとってたった一つの、かけがえのない物語だったのです。そして、出生の物語を得たことで、やっと自分という存在の輪郭を描けるようになったのです。しかし、与えられた物語は、結局は親に捨てられた子どもという意味を持っています。それでも、物語がないよりはずっとましなのです。たとえそれが見捨てられた物語であったとしても、彼女はその物語を信じて生きて行くしかないのです。彼女は、いまどこで、どんな生活をしているのでしょうか。

 次に紹介するのは朝日新聞に掲載されていた、不思議な出来事です(*2)。五年間連れ添った夫が、五十歳で病死しました。そこで、奥さんが区役所に死亡届を出そうとしたところ、本人の戸籍がそこにはないことが分かったのです。奥さんが持っていた戸籍抄本のコピーは偽物だったのです。

 実は夫が亡くなる前にも、不自然なことがありました。病状が悪くなる一方なのに、夫は絶対に病院に行こうとはしないのです。そこで奥さんが不審に思って、夫の勤務先である大学に問い合わせたのですが、そういう職員はいないとのことでした。夫の身分証明書が偽物だと分かったとき、亡くなる前の夫を問いつめたことがありました。しかし、夫は死ぬ間際に「死ぬしかなかった。本当は生きていたかったんだ」とだけ言い残して亡くなりました。奥さんは、警察に相談したりしていろいろと調べたのですが、夫の身元について手がかりになるようなものは何もありませんでした。夫はいったいどこの誰だったのでしょうか。

 夫だった男は、おそらく苦労して自分の出生の物語を創作したのでしょう。戸籍抄本を偽造し、身分証明書を偽造し、自分の人生そのものを偽造したのです。こうして、つじつまの合う物語を作ることで、彼は奥さんを欺いて結婚することが出来たのです。おそらく彼には隠さなければならない過去があったのでしょう。そして、嘘の物語を作ることでしか結婚できないと思ったのでしょう。そして、実際に彼は奥さんと結婚して、五年間の幸せな人生を手にすることが出来たのです。しかし、健康保険証を持たない彼は、病状が悪化するにもかかわらず、嘘を貫くために絶対に病院に行こうとはしなかったのです。そして、最後まで自分の正体を明かさなかったのです。しかし彼の心には、嘘をついた罪を背負わなければならない悲しみと、出来ることなら本当の人生を生きたかったという、かなうことのなかった、はかない思いが交錯していたことでしょう。「死ぬしかなかった。本当はもっと生きていたかったんだ」という彼の最後の言葉は、謎に満ちた彼の人生そのものではないでしょうか。いったい本当の彼は、どこで生まれて、どのように育ってきたのでしょうか。本当の出生の物語は、いったいどんなものだったのでしょうか。しかし、彼は真実を明かさぬまま、多くの謎を残してこの世を去っていったのです。

 さて、三人の出生の物語について書いてきました。殺人を犯した男。近親姦によって生まれた女性。身元不明の夫。彼らはみな自分の物語を必要として、自分の人生を生きたのです。そして、この文章を書いている私には、私自身の物語があり、この文章を読んでいるあなたにも、あなた自身の出生の物語があるのです。


【参考文献】
(*1)「セクシャルアビューズ」山口遼子 サンドケー出版 1994年 8月31日
(*2)「朝日新聞」 1991年11月 4日 「夫はだれだった」

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