ホーム思考と行動の問題点


まず、基本的なことについて ver 1.1
 知っておいた方がいいと思われる基本的な事柄について解説します。

はじめに
 私たち境界に住む者は、現実をありのままに理解することができません。自我を確立する事が恐怖として植えつけられているため、思考に様々な歪みが含まれています。しかし、自分でこれに気づくのは容易ではありません。自分で自分を守るための心のシステムがあるからです。これは「防衛機制」と呼ばれています。「機制」という言葉は国語辞典に載っていませんが、メカニズムというような意味で使われています。

 この防衛機制を切り開いてゆくためには、専門的な知識が必要となりますが、もしそういう知識を持っていたとしても、自分で自分を分析するのは非常に困難です。自己分析とは、酔っ払いが穴から這い上がろうともがく姿に似ています。誰かがちょっと手を差し伸べてやれば、すぐに抜け出せるような穴でも、手足が思うように動かないために、なかなか抜け出せません。それどころか、もがいているうちにもっと深い穴にはまり込んでしまうかもしれません。
 私自身も境界例ですので、酔っ払いが酔っ払いを助けようとするようなものです。いろいろと偉そうなことを書いても、的外れなことがあるかもしれません。しかし、症例から知られているような境界例特有の思考パターンを知識として知っておくことは、なにかトラブルに出合ったときに助けになるかもしれません。精神分析的な知識がなくても、ときには鋭い自己洞察が得られるかもしれません。
 ということで、はじめにいくつかの基本的な言葉について説明しておきたいと思います。
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行動化
 分離の不安や見捨てられ感に襲われたとき、じっとしていることができなくて、なにかをせずにはいられなくなります。発作的に手首を切りたくなったり、自分の手足をバットで殴ったり、睡眠薬を一度に飲んだり、相手の迷惑も考えずに電話をかけまくったり、手当たりしだいにケンカを売ったり、やけ食いをしたり、アルコールを浴びるように飲んだり、音楽を大音量でガンガン鳴らしたりと、いろいろな行動を引き起こします。

 特に重症の人は「華々しい」という表現を使ってもいいくらいに、実に派手な行動に出て周囲の人を振り回します。これらの行動は、自分の心を直視するのを避けるためであると同時に、周囲の人を、自分の抱えている問題に巻き込むことを目的としているのです。このような派手な行動化を起こしている間はとても自分自身を見つめることなどできません。行動化が強烈な場合は、治療場面では本人の同意を得て入院させることがあります。物理的に行動化を阻止して半強制的に自分と向かい合わせるのです。すると行動化を遮断されたことによって、ちょうど麻薬中毒の人が麻薬を遮断されて禁断症状に苦しむのと同じように、行動化によって隠されていた問題が一気に噴き出してきます。病院内で派手な問題行動を引き起こしたりするので、治療にあたる医師の方も振り回されて大変ですが、嵐が過ぎ去れば患者の行動化がおさまってきます。患者の方も、自分と向き合えるようになるにつれて、自分が明らかに変化して行くのが分かります。
 行動化は、他にも、急に結婚を決めたりとか、いろいろなバリエーションがあります。
 行動化の遮断というやり方だけを取り上げてみると、神経症の治療方法のひとつである森田療法と、どことなく似ています。
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感情疎隔
 過去に体験した感情を無理に抑え込んでしまうことです。感情の表現に乏しく、感情がないように見えることもあります。あるいは知的にしか自分を理解することができず、頭でっかちでどこか冷たい感じもします。過去の出来事を過小評価して、たいした出来事じゃないかのように淡々と語ったりします。しかし、埋もれていた感情を掘り起こすことができれば、悲しみや怒りなどの感情が出てきます。
 呼び方としては感情遮断とか、いろいろあるかと思いますが、要するに自分の感情を無視することによって苦痛から逃れようとすることです。
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転移と逆転移
 過去の未解決の感情が、現在の感情や態度に映し出されることを言います。現在の出来事が、過去の出来事によって脚色されしまうのですが、本人はこのことに気づきません。たとえば待ち合わせの約束をしたのに、恋人がほんの少し遅れたとします。すると過去の親から見捨てられたときの感情が恋人の上に映し出され、遅刻したことを激しく責めたてたりします。過去の未消化の感情が上乗せされていますので、その分だけ不釣り合いな激しい怒り方になります。

 こういった感情の転移は、埋もれている見捨てられ感などを引き出すのに非常に役立ちますので、治療では治療者に向けられる転移の分析が重要になります。

 転移には陽性転移と陰性転移があります。良い感情が相手に映し出されると相手に恋愛感情を抱いたりします。治療場面でもセラピストを口説こうとしたり露骨に誘惑しようとしたりすることもあります。逆に悪い感情が映し出されたりすると、相手が現実とは関係なく悪人に思えてきたりします。

 治療者の方も生身の人間ですから、患者に対して転移を引き起こすことがあります。たとえば、治療者自身の見捨てられ不安から患者の言うことをなんでも聞き入れてしまい、その結果、患者にさんざん振り舞わされるだけで治療がまったく進展しないというような場合です。あるいは見捨てられ不安を持った患者が治療者にしがみつこうとして性的な誘惑を仕掛けてきたときなど、若い治療者などはパニックなって患者を見下すような態度を取ったり、あるいは逆に患者の誘惑に乗ったりして治療が混乱してしまうこともあります。こういった治療者側が患者によって引き起こされる転移を逆転移と言います。

 問題の性質から分かる通り、逆転移は治療の成否にかかわって来る重要で厄介な問題です。この問題を解決するために、治療者を管理する人(スーパーバイザー)を別に設けて、治療者の治療内容をチェックして問題点を指摘したり、治療者の相談にのったりして、問題がこじれないようにすることもあります。
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境界例における直面化
 境界例の行動化がおさまってきて、治療者と患者との間に信頼関係(治療同盟)が出来てきたとき、直面化という技法を使うようになります。直面化とは

「自立した人間なら当然振る舞うであろうようには患者が振る舞わないところを、治療者が不思議がって問うことによって患者に直視させようとすることである。つまり親からの分離、自立をすでに達成したはずの人間に呼びかけるのである」
   ――「パーソナリティ障害の精神療法」より

 というものです。
 たとえば、他人の抱えている問題を過剰に心配している人がいるとします。いわゆる世話焼き女房タイプが、自分自身の見捨てられ不安から他人の世話を焼くという形で相手にしがみついているような場合です。こういう場合はこんなふうに語りかけます。

「よく理解できないので教えていただきたいのですが、その問題とあなたとはどういう関係があるのでしょうか。その問題はその人が自分自身で決めることであって、あなたとは何の関係もないように思えるのですが」

 質問に答えるために患者は自分を見つめます。「なるほど、言われてみればそうだな」と気付くことが出来れば、自分と他人の区別がつくようになったということです。他人へのしがみつきに気付いて、自立に向かって一歩近付いたことになります。

 もちろんこれもタイミングや患者の状態を考慮しなければなりません。いきなり問題の中核に切り込むようなことを言っても無理ですので、周辺の出来事から少しずつ直面化していきます。境界例特有の歪んだ現実認識しかできないような人でも、心のどこかに正常な自立した部分があるので、その自立した部分に向かって語りかけることで、患者に「なにか」を気付かせるようにしていきます。境界例の人が抱えている問題とは、分離の不安と恐怖から盲目になってしまい、自立した人のような正しい現実認識が出来ない点にあります。しかし、タイミング良く思考の問題点を指摘してあげれば、それを理解し、学習することが出来ます。低下している現実検討能力を、少しずつ改善していくことができます。この「思考と行動の問題点」のページは、そう言った「直面化」のきっかけになればと思って書いています。(私自身の直面化のためにも……)
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自己愛における解釈
 解釈は自己愛型の人に対して有効です。自己愛型の人に直面化を行なうと反発したりするのでうまく行きません。
 たとえば自慢話に夢中になっている人に対して、「その話は事実なんでしょうか。どうも本当のことのようには思えないのですが」などと言えば、反感を煽るだけです。こういう場合は直面化するよりも患者の自慢話の背後にある意味を解釈してやるのです。たとえばタイミングを見計らって、「あなたは有能であることを私に認めてもらいたいのですね」というふうに言います。こういう解釈によって、自分がなぜ自慢話をしたがっているのかに気付きます。患者にとって他人の存在とは、患者の誇大な自己を映し出すための鏡にしか過ぎないという考えが修正されていきます。

 境界例型と自己愛型がはっきりしていればいいのですが、両者が混在していることも多いので、治療者は状況に応じて直面化と解釈を使い分けなければなりません。
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★重症の人の場合
 自分で問題を抱えているよりも治療を受けた方がいいでしょう。自傷行為を繰り返していると、肉体に取り返しのつかないダメージが生じます。境界例に詳しい医者にかかった方がいいのですが、医師が境界例についてよく知らなくても、薬によってある程度は行動化を抑制できるようです。薬は根本的な解決にはなりませんが、目先の問題をある程度緩和するのに効果がありますので、最悪の事態に至らないうちに、かかりつけの医師を持っていた方がいいでしょう。
 アルコールやその他の薬物中毒になっている場合も同じです。
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