症状
強いストレスや、事件に巻き込まれたショックなどから起きます。記憶が部分的に抜け落ちてしまい、思い出すことが出来ません。記憶のない間に自分が何をしていたのか分からないため、不安になったりします。（解離性健忘）
家庭や職場から突然いなくなり、あちこちさまよったりしますが、すべての記憶を失い、自分が誰なのか、どこに住んでいたのか思い出すことが出来ません。（解離性とん走）
急に別の人格になり、前の人格の時のことをまったく覚えていません。（多重人格、現在は解離性同一障害と呼ばれている）
――などがあります。
脳虚血による一過性の健忘と似ているところがありますので、混同しないようにしなければなりません。
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解離性健忘のケース
以前の職場のことです。同僚の一人が数ヶ月ぶりに職場に戻ってきたのですが、以前と違って非常に暗い性格になっていました。仕事内容が違うので話をする機会もなかったのですが、ある日、更衣室で、彼がしゃがみこんでカバンをつかんで手を震わせているのを見ました。後日二人きりになったことがあったので、最近どうしたのか、と聞いてみましたところ、かなり深刻な状態になっていることが分かりました。
自殺したくなって海岸まで行ったけれど死ねなかった。会社の帰りに、ふと気がつくと見知らぬ街の人混みの中を歩いている。何があったのか思い出そうとしても、会社を出たところまでは覚えているのだが、その後の記憶がまったく無い。歩いている人に、ここはどこなのか聞いてみると、どうやら家に帰る途中で電車を降りてここを歩いているらしい。こんなことが今まで何回かあったという。
私は話を聞きながら、原因をだいたい推測することが出来た。彼の家は父子家庭であるが、彼は非常に親思いの孝行息子であった。父親が病気で寝たきりになったのだが、彼はその面倒を看ていた。しかし、病気の父親の存在が彼にはだんだん重荷になっていたに違いない。彼は夜学に通っていたのだが、試験が近づくと、会社の仕事、父親の看病、試験勉強と、そのストレスは大変なものだったと思う。彼の不安におびえた表情から、私は抑圧された父親への憎しみを感じた。父親さえいなかったら、こんなに苦しい思いはしなくてすむのである。もしかしたら、殺意と言ってもいいかもしれない。しかし、彼は親思いの孝行息子である。父親を亡き者にしたいなどと言う考えは、まったく許し難いことなのである。だから彼の心の中では、この陰険な考えを無視し、無意識の世界で自分の心から分裂除外してしまったのだろう。そして、今まで通りの孝行息子を演じ続けていた。しかし、帰宅途中という、まさに父親の待っている家に向かうときに、分裂除外していた陰険な考えが、暗い無意識の世界からむくむくとわき上がり、意識のレベルに近付いて来る。父親の看病をしなければならないという義務感と、抑圧された暗い陰険な願望との間に挟まってどうすることも出来なくなってしまう。家にたどり着いて父と向かい合えば、この葛藤はもっと凄まじいものになる。そこで、この無意識の世界の葛藤を避けるため、家に向かわずに途中で逃げ出したのだ。このような事態は彼にとっては知りたくもないことだったのだろう。知りたくないものは記憶から消されてしまったのだ。そして、行き場のない憎しみが自分自身に向かい、それが自殺願望となって現れたのではないか。
この推測がどの程度正しいのかは分からない。確かめようがないからである。この精神状態の彼にそんなことを聞いてみるわけにはいかないからだ。下手に心をいじって発狂したようになられると、素人の私にはまったくフォローができない。私はただ、医者に看てもらったらどうか、ということしか言えなかった。
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解離性とん走のケース
これは町沢静夫氏の本に載っていたケースである。
パンを盗んだことで警察に捕まった青年が、自分の名前も住所も思い出せないので治療を受けにやってきた。睡眠導入剤の一種で、別名自白剤とも呼ばれている薬を飲ませて、ある程度のことを聞き出した。
地方都市に住んでいた彼は、ある日の帰宅途中、橋の上でぼんやりしていた。そこでどういう訳か記憶が途絶え、次に思い出すことができたのは東京駅のホームの椅子に座っている場面だった。椅子に座っているとき、自分が誰なのか、どうして自分がここにいるのか分からなかった。ポケットにはキャッシュカードが入っていたが、自分のものとは思えず、もしかしたら自分が盗んだのではないかと思い、捨ててしまった。そして、放浪の生活が始まる。公園で寝て、食べ物は盗むという生活だった。
記憶が、地方都市の橋の上から、突然、東京駅のホームへと飛んでしまうのはなぜか。その空白の間にいったい何があったのか。再度、薬を使って聞き出そうとしたが抵抗が強かったのであきらめ、同意の上で催眠術を使うことにした。そして、意外なことが明らかになった。橋の上でぼんやりと川を眺めていると、中年の男がやってきて、知り合いになった。患者が抵抗を示しながら涙声で話したところによると、どうやらその男と同性愛行為があったようだった。
彼の住所もおぼろげながら聞き出すことが出来たので、地元の警察に調べてもらい、身元が判明した。そして、家族が病院にやってきた。蒸発してから一年間が経過していることがわかった。
「あなたの隣りの狂気」 町沢静夫 大和書房
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原因と治療方法
人は、いろんな事件や出来事に出くわしたり、あるいは心の葛藤に苦しむことがあります。こういったことは、精神的に大きなダメージとなるのですが、そのダメージの大きさは人それぞれです。先ほどの同性愛のケースでも、蒸発しなければならないほどのダメージを受ける人もいれば、人によっては自己嫌悪に陥りながらも、なんとか時間をかけて立ち直る人もいるでしょう。あるいは、なかには同性愛に目覚めてしまう人もいるかもしれません。この差は、事件に出くわす前の、その人の性格構造の違いによるものではないかと思われます。
以前から自分の心の中に矛盾を抱え、自分にとって都合の悪い様々なものを、無意識の世界で自分から切り離し、これは自分ではないという事にしているような場合、事件などに出くわすことによって、これらの矛盾が一気に噴き出すことが考えられます。事件によるダメージの上に、さらに今まで抱えていた無意識的な葛藤が上乗せされて、さらに大きなダメージとなります。そして、心の中で耐え難いほど増幅されたダメージから逃れるために、記憶を消すという防衛手段が用いられるのです。
ですから、治療においては、最初に消された記憶の内容を明らかにする事が必要となります。事件などの直接的なものだけではなくて、それを連想させるような出来事に出くわしたときにも、記憶が消されてしまうこともありますので、問題の中核となっている出来事をあぶり出さなければなりません。そして、事実は事実として受け入れて行かなければなりませんので、本人が耐えられる範囲内で、少しずつ問題点を直視するようにしていかなければなりません。
記憶を消さざるを得なくなるほどのダメージを受けた人の場合は、それ以前の心の問題にも焦点を当てて、事件との関連性も含めて、徹底操作を行なう必要があるでしょう。この、背後にある葛藤などが分析によって明らかにされないと、いろんな療法で解離の問題が収まっても、その他のいろいろな心のトラブルが、ずるずるといつまでも続くことになるかもしれません。
解離障害を起こした人が、自分の力で何とかしようと考えても、それは非常に困難なことでしょう。何とかできるくらいなら、最初から解離障害になったりしないからです。
この解離障害というのは、以前はヒステリーに分類されていた症状です。今では、ヒステリーの中でも身体的な症状が表に出てくるものを身体化障害と呼び、精神的な症状が表に出てくるものを解離性障害と呼んでいます。
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境界例との関係
境界例の場合で解離が起こるケースとしては、見捨てられる恐怖感が耐え難いような場合でしょう。重症境界例の症状に、解離や多重人格などと言った症状が見られることがあるようです。現実に自分が見捨てられるか、あるいは見捨てられることを連想させるような事態に遭遇したときに、耐えられずに記憶を消してしまいます。中には夢遊病者のようになって、意識のないままさまよったりするケースもあります。このような症状が出ている場合は、とても自分自身で対処できませんので、専門家のところに行った方がいいでしょう。
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