ホーム医療とサポート

境界例の人との付き合い方 4

 キレた時への対応方法
  Ver 1.0 2000/09/10
 

 境界例の人がキレたときというのは、攻撃性がむき出しになってしまい、自分でも感情のコントロールできなくなってしまいます。そして、この攻撃性は、あなたの人格を破壊しようとするものであり、あなたの自己愛を徹底的に傷つけて、精神的に二度と立ち上がれないくらいのダメージを与えようとするものです。

 しかし、あなたが境界例の人からこのような攻撃を受けたとしても、あなたには自分のことを大切にする権利があるのです。たとえ、境界例の人が怒って食卓をひっくり返し、ご飯や味噌汁が床に飛び散ったり、割れた食器が散乱したりするような状況であったとしても、あなたには自分のことを大切にする権利があるのです。境界例の人が、大声であなたに罵詈雑言を浴びせ、包丁を振り回して暴れたり、タンスの中の衣類を部屋中にばらまき、バットで窓ガラスを粉々に割ったとしても、それでもあなたには自分のことを大切にする権利があるのです。境界例の人が、あなたに向かって殴りかかったり、足蹴りを食らわせたり、髪の毛をつかんで部屋の中を引きずり回したとしても、たとえそういう状況にあったとしても、それでもあなたには自分のことを守り、自分のことを大切にする権利があるのです。たとえどんなに悲惨な状況にあったとしても、あなたには自分のことを大切にする権利があるのです。殴られるままでいるのではなくて、人間としての基本的な権利を主張するべきなのです。

 このような悲惨な状況であっても、自分のことを守り、自分のことを大切にするということは、あなた自身のためになるだけではなくて、結果的には境界例の人のためにもなるのです。もしも自分のことを守ろうとはせずに、相手のなすがままになっているとしたら、あなたはやがて精神的に行き詰まってしまい、最終的には破滅的な状況を招くことになってしまいます。その典型的な例が、父親が息子の暴力に耐えかねて殺してしまったという事件です。この事件では、精神科医が父親に対して、息子の暴力に抵抗せずに殴るままに殴らせておくようにという、とんでもない間違った指示を与えたために発生したものです。父親は息子のために、我慢に我慢を重ねた結果、最後には精神的に耐えられなくなってしまい、将来を悲観して殺人という究極の行動に出てしまったのです。このように、最初は助けるはずだったのに、最後には憎んだり見捨てたりしてしまうというパターンは、境界例の人と接するときに非常によく見られるパターンなのです。最初は境界例の人のために自己犠牲の精神を発揮したりして、自分さえ我慢すればこの人は立ち直ってくれるのではないかと思ったりするのですが、このような自己犠牲は結局は自分自身の精神的な消耗を招くことになりますので、最終的には耐えられなくなって二人の関係が破綻してしまうのです。

 こうならないようにするためには、まず最初にあなたが自分自身の安全を確保しなければならないのです。境界例の人の言いなりになるのではなくて、「NO」という選択肢を行使して、相手のことよりも、まず最初に自分自身のことを守る必要があるのです。あなたは、ボクシングジムにあるサンドバッグではないのです。あなたは生きた人間なのです。殴られるままでいることはないのです。自分のことを守らなければいけないのです。このことが、結果的には境界例の人を守り、支えていくことに繋がっていくのです。

 しかし、自分を守るとはいっても、それが適切な方法で行われないと、逆に火に油を注ぐことになってしまいます。自己愛が深く傷つけられたりしますと、それはもう問答無用の殺意になってしまうのです。このような状態というのは、非常に危険な状態ですので、出来ることなら相手の怒りを掻き立てないような形で自己防衛を行った方がいいのです。

 では、具体的にどうやったらいいのかと言いますと、相手の攻撃から身を守るにための基本事項は二つあります。一つは、相手から物理的な距離を取ること。そしてもう一つは、怒りが鎮まるまでの間、冷却期間を置くということです。もし境界例の人がキレたとしても、ある程度の時間をおけば、コントロール不能だった怒りも鎮静化して、普段の状態に戻ってくるのです。ですから、その間、境界例の人から物理的に離れていればいいのです。このように物理的な距離を取るということは、お互いに無駄な衝突を避けることにもなりますので、精神的な消耗をせずに済むことになります。キレた状態というのは、自制心の留め金が外れてしまい、ただ感情の赴くままに衝動的に行動してしまいますので、こういう状態の時に、あーだこーだと言っても、それは全くの無駄というものです。売り言葉に買い言葉で、反論すればするだけ怒りの炎が燃え上がってしまいます。ですので、このシリーズの最初に書きましたように、この人を変えようなどとは思わずに、もともとキレる人なんだとか、あるいは病気がそうさせているから仕方がないんだというふうに割り切って対応した方がいいのです。そして、こういう人にはどうやって付き合っていったらいいのかという、そういう実用的な工夫をしてみればいいのです。このようにいろいろな工夫してみるということは、あなたのためになるだけではなくて、まわりまわって境界例の人のためにもなるのです。そこで、次に境界例の人がキレた時の距離や時間の取り方について具体的なことを書いてみます。

 まず、いままでのキレた時のことを振り返ってみて、そこになんらかのパターンがないかみてみましょう。どういうきっかけでキレるのか、キレた時はどこまで攻撃的になるのか、言葉による攻撃だけなのか、あるいは暴力も振るうのか、そして、どれくらいの時間がたてば感情が鎮まるのか、そういうことを分析してみましょう。日記などに、日々の出来事を記録しておけば、後で境界例の人の行動パターンを分析するときに役立ちます。もし、キレるきっかけのパターンが見えてきたら、キレる原因となるものを避ければいいのです。しかし、必ずしもパターンが見えてくるとは限りません。それでも、記録をつけたりして、そのときのことを振り返って分析してみるという作業は、あなた自身の対応能力を高めることにもなります。

 ではまず、キレた時の状態が軽度のものから重症のものまで、順を追ってその対応方法をみてみましょう。最初に取りあげるのは、暴力を振るわずに、言葉による攻撃をしてくるタイプです。あなたに対して暴言を吐いたり、威嚇的な言葉をぶつけてきます。しかし、あなたには自分の精神的な安全を守る権利があります。ですので、あなたは相手の人に、自分の精神的な安全が脅かされていることを告げる必要があります。境界例の人は感情的になってしまうと、周囲の人に対して自分がどのような影響を与えているのかということがまったく見えなくなってしまったりしますので、怒りをぶつけられて非常に不安になっていることや、ひどいことを言われて悲しい、といったようなことを告げることで、軽度の場合には、境界例の人が我に返ることがあります。あるいは、もしキレた心理の背後に見捨てられ不安を見抜くことが出来たような場合には、たとえば「ごめんね、寂しかったんだね」というようなしんみりとした言葉をかけることで、キレた状態から抜け出すこともあります。

 しかし、このようなことを告げただけで事が治まるようなケースは少ないのではないかと思われます。では次の段階としてどうしたらいいのかと言いますと、まず相手の人に、「感情的になってしまったら、もう冷静な話し合いが出来ない」ということを告げて、会話を中断することです。そして、必要があれば自分を守るために部屋に引き上げることです。ここで大切なことは、話し合いを中断する理由です。あなた自身も感情的ななってしまい、「あんたがアホだから口を利きたくない」などと言ってしまったのでは、火に油を注ぐことになりますので、出来るだけ冷静に対応することが必要になります。そして、相手に告げておく必要のあるのは次の五項目です。

理由はともかくとして、今キレた状態だということを認めること。
しかし、そのことによって、あなたが不安にさらされて、精神的な安全が脅かされて困っているということ。
相手の人が怒っている気持ちを尊重する代わりに、あなた自身の困っている気持ちも尊重してもらいたいということ。
そして、このようなキレた状態では、冷静な話し合いが出来ないので中断するのだということ。
そして、この中断は決して相手を見捨てるのではないということ。その証拠には、もし冷静になったらいつでも話し合いを再開する用意があるということ。

 こういうことをきちんと相手に伝えておくのです。まず、理由はともかくとして、相手の人が今キレているのだということを認める必要があります。たとえば「あなたが私のことを怒っているのだということはよく分かった」というふうに言うのです。これは、相手の人の怒りの感情を尊重し、その事実を認めて受け入れるるという意味があるのです。そしてその次に、自分が今不安にさらされて困っているとか、悲しいとか、恐いとか、そういうことを告げるのです。つまり、相手の気持ちを尊重する代わりに、自分の気持ちも尊重してもらいたいということを告げるのです。これは、いわゆるギブ・アンド・ティクの精神なのです。しかし、このようなお互いの気持ちを尊重し合うというギブ・アンド・ティクの精神は、すぐには理解してもらえないかもしれませんが、何回もしつこく繰り返しているうちに少しずつ理解してくると思います。このように、相手の主張に同意することは出来なくても、とにかくそういう気持ちや考えを持っているのだいうことを互いに認め合うというやり方は、口論への対応方法の基本なのです。(口論への対応については、別なところで書きます)。そして、中断することの理由は、あくまでも「冷静な話し合いが出来ないから」だということになるのです。決して見捨てるとか、無視するとかいう意味ではないのだということを、はっきりと宣言しておくのです。そして、見捨てていない証拠として、相手の怒りが収まって普段の状態に戻ったなら、いつでも話し合いを再開する用意があるということもはっきりと伝えておくのです。もし、キレたときに、とてもこのようなことを全部言える状況ではなかったら、とにかくさっさと避難して、後で冷静になったときに二人でゆっくりと話し合ってみてください。あるいは、前もってキレたときにあなたがどういう行動を取るかということを話し合っておいた方がいいかもしれません。相手の人は必ずしもこのような行動に同意するとは限りませんが、とにかくキレたらこういう行動を取るのだということを告げておけば、いざというときに実行しやすくなります。

 冷静になって話し合ってみれば、案外と何でもないような事なのに、それを見捨てられたとか、無視されたとかいうふうに誤解してキレたりしている場合もあるのです。しかし、キレているときには感情が暴走していますので、その状態の時には何を言っても無駄なのです。冷静な心理状態の時に話し合ってこそ、誤解や行き違いが解ける可能性があるのです。ですから、感情の嵐が収まるまでの間、どこか安全なところに避難していた方が、あなたのためにもなりますし、相手の人にとっても無駄なエネルギーを浪費せずに済むことになるのです。

 あなたが、急に自分を大切にするような行動をとりだすと、境界例の人も、最初は少し驚いてあなたの本心を「試し」にかかるでしょう。たとえば、あなたを卑怯者呼ばわりして、何とかしてあなたを怒りの渦に巻き込もうとするのです。しかし、こういう挑発には乗らないように注意する必要があります。挑発に乗っていたのでは、いつまでたっても避難できずに、結局は今までと同じことの繰り返しになってしまうからです。ですので、相手に告げておくべきことを告げたなら、後はさっさと避難することです。

 このやり方というのは、つまり、ここにあなたの限界が設定されることなるのです。つまり、相手の感情が暴走してしまい、自分の精神的な安全が侵略され時、そこがあなたの限界となるわけです。同時に、そこがあなたにとって侵略から身を守るための境界線となるのです。ですから、あなたは国境線に配置された警備兵のように、自分の領土を侵略から守らなければならないのです。しかし、最初のうちは境界がどこにあるのかといったとこや、具体的にどのタイミングで「NO」と言ったらいいのか判断がつけにくいことでしょう。ですので、初めのうちはあまり厳密に考えたりせずに、取り合えず適当なところで「NO」と言ってみることです。ちょっとずれているなと感じたら、次回から修正すればいいのです。

 このように、境界例の人から距離を取るために部屋に引き上げると言っても、日本の住宅事情を考えてみると、避難場所としては、あまり適切なものではありません。もし、部屋に引き上げるだけでは不安なときには、家を出るという手段があります。境界例の人の怒りが短時間で治まりそうであれば、二、三時間とか、あるいは数時間の外出が考えられます。外出している間に、あなた自身のストレス解消のために、ジョギングなどをしてみたり、友達などにその日のことを話してみたりするのもいいでしょう。話すことで精神的に楽になったりしますし、友達からリアリティチェックをしてもらうこともできます。また、家を出るときに、あなたが普段使っている枕などを境界例の人に渡して、「私が外に出ている間、これを私だと思って怒りをぶつけなさい」とでも言っておけば、境界例の人にとって怒りのガス抜きにもなります。もし、境界例の人の見捨てられ感が強いようであれば、あなたの写真を渡しておくという方法もあります。あなたが明るい表情で写っている写真を、破られてもいいように、事前に何枚も焼き増ししておくのです。そして、あなたが避難するときに、あなたの身代わりとして相手に渡すのです。

 そして、途中で家に電話を入れて相手の様子をうかがってみるのもいいかもしれません。大切なことは、あなたが相手の人を見捨てていないのだというサインを送ることです。あなたが避難したのはあくまでも、あなたの安全が脅かされて、冷静な話し合いが出来ないからなのです。ですから、冷静になって、あなたの安全が守られるような状態になれば必ず戻るのだというメッセージを送る必要があるのです。そして、途中で電話を入れるときにも挑発に乗らないように注意しましょう。どのタイミングで戻ったらいいのかというのも、最初のうちはなかなか判断しにくいと思いますが、取り合えずある程度の余裕をみて適当なところで戻ってみて、もしそれが失敗だったら、次回から修正すればいいのです。

 このような短時間の外出もいいのですが、境界例の人の怒りが非常に激しいようなときには、一晩から数日間の外泊も考えられます。このような事態に備えて、あなたは普段から緊急避難用のバッグを用意しておいた方がいいでしょう。バッグの中には、携帯電話、着替え、現金、預金通帳、キャッシュカード、日記や大切な本、友達や親戚の連絡先、警察や福祉機関の住所や連絡先、もし治療を受けているならセラピストの連絡先のメモなどを入れておいた方がいいでしょう。そして、友人や親戚に事前に家庭の事情を話しておいて、何かあったときには泊めてもらうという了解を取っておいた方がいいでしょう。あるいは、そういうことを頼める人がいなかったら、ホテルに泊まることです。事前にホテルの場所や電話番号、料金などを調べておきましょう。そして、普段からへそくりなどして、非常事態のための資金を用意しておきましょう。このような用意があれば、たとえば境界例の人が突然キレて暴れ出したとしても、避難用のバッグひとつを抱えて家から飛び出せばいいのです。あるいは、避難用のバッグを奪われる可能性があるときには、友人や親戚などに預けておくのもいいかもしれません。

 もしこのような備えが全くないと、たとえば暴力を振るう夫から罵詈雑言を浴びせられて、耐えられなくなって泣きながら裸足で飛び出したりして、夜の街を当てもなくさまようようなことになったりするのです。さらに雨が降り出したりしますと、まさに惨めさを絵に書いたような状態になってしまいます。しかし、事前の用意がありさえすれば、相手に振り回されるのではなくて、自分の方から主体的に事態に対応することが出来るのです。暴言や暴力に耐えられなくなってから飛び出すのではなくて、もっと早い段階で、自分の方から主体的に「NO」という選択肢を行使して、主体的に避難するのです。いたたまれなくなって逃げ出すのではなくて、あなたは自分のことを大切にするために、自分の意志で避難するのです。今まで相手に振り回されていたのが、「NO」という選択肢を行使することによって、これからはあなたが主導権を獲得することも出来るのです。

 もし、このような「NO」という選択肢をなかなか実行に移せないとか、いきなり慣れないことをやるのには戸惑いがあると言うような場合には、頭の中でその場面を何回も思い描いて、イメージトレーニングで練習しておくという方法もあります。あるいは、ぶっつけ本番ではなくて、境界例の人が冷静な状態の時に、キレたときには外に避難するかも知れないという話をしておいて、あらかじめ了解を取っておけば、いざというときにスムーズに実行に移せるようになります。また、肉体的な暴力行為を行った場合には、すぐに警察を呼ぶということもなども事前に話し合っておいて、限界の設定を明確にしておくのもいいかもしれません。

 そして、あなたが「NO」という選択肢を何とか実行することが出来るようになると、あなた自身も、自分が変わったという印象を持つかもしれません。今まで、自分の世界とか自分の領域というものを持たずに、ただ相手に振り回されるだけだったのが、自分を大切にするということを実行に移すことによって、あなたは自分というものを取り戻すことが出来るのです。そして、ある程度このやり方に慣れてくれば、境界例の人がキレた時でも、今までよりはずっと精神的な余裕を持って対応することが出来るようになるでしょう。いざとなったら安全なところに避難すればいいのです。そういう避難行動を何回か経験すれば、限界点をもう少し緩く設定してみるということもできますし、キレているときの相手の人を余裕を持って観察することも出来るようになってきます。今までキレるたびに神経をすり減らしていたのに、これからはこのような心理的な余裕が生まれてくるのです。これはあなたにとってプラスになるだけではなくて、境界例の人にとってもプラスになるのです。もしキレても、あなたが余裕を持って対応してくれると言う安心感が生まれますし、なぜあなたが避難するのかということについても、徐々に理解が深まっていきます。つまり、原因は自分にあるのだと言う自覚が深まっていくのです。しかし、キレてしまったときには自分でもコントロールできなくなってしまいますので、キレた時にはあなたが自動的に避難するのだということで二人の間に共通の了解事項が形成されれば、ある意味で安心してキレることが出来るのです。感情の嵐が収まるまで、あなたが離れていることによって、境界例の人にとっても、あなたを不用意に傷つけずに済むことになるからです。

 最初はいろいろなとまどいがあるかもしれませんが、二人の間にこのような了解事項が成立することは、境界例の人に病識を持たせることになります。ですので、もし境界例の人が自分の問題を何とかしたいと思うようになったら、治療を受けるように勧めてみましょう。境界例の人に前向きの姿勢が見えてきたら、その人を支えて行こうとするあなたとの間に、人生の共通の目標が出来ることになります。ただし、手取り足取りでべったりとくっついて支援するのではなくて、一歩距離を置いて見守っていくという形で支援するようにしてください。これは、あなたが自分の限界や境界を守る行動をとれるようになれば、自然と出来るようになると思います。つまり、自分を大切にして、自分の限界や境界を守るということは、相手の人の限界や境界に対しても理解を示して尊重するようになって行くのです。そして、相手の人にも自分自身のことを大切するように促したり、あなたも自他の境界を侵略しないように注意しながら暖かく見守るというようなことが出来るようになって行くのです。こういう状況が生まれるということは、境界例の人に対して支持的な環境を提供することになるのです。しかし、これは「治療」ではありませんので、自分に出来ることと、セラピストにしかできないことの区別はしっかりと持っていた方がいいでしょう。とはいうものの、このような支持的な環境が作られれるということは、境界例の人にとって大きな支えとなりますし、症状の緩和を促すことにもなるのです。

 このような、キレた時の距離の取り方としては、たとえば親子間では、場合によっては近くにアパートを借りて、お互いに少し離れて住むという方法もあります。お互いに自分の空間を持つことによって不要な干渉が減りますし、一人暮らしをさせることによって、精神的な分離や自立を促すことにもなります。しかし、自傷行為や自殺企図が発生する可能性がある場合には、逆に危険ですので別居した方がいいのかどうかセラピストに相談した方がいいでしょう。

 アルコール中毒などで、酔っぱらって暴れるような場合には、警察を呼んで、留置場で一晩預かってもらうという方法もあります。こういう場合も、シラフの時に事前に本人に話しておいた方がいいかもしれません。アルコール中毒だけではなくて、キレたときに暴力行為がみられるような場合には、警察に事前に相談しておいた方が、いざというときにパトカーを呼びやすくなるかもしれません。

 次に、あなた自身の心の問題について書きます。もし、あなたが境界例の人に振り回されて、心身ともに消耗していているような場合には、まず、あなた自身が、自分の心の健康を維持するために、セラピストから治療を受けるべきです。あなた自身が消耗してしまったのでは、共倒れになってしまいます。ですので、境界例の人を支えるのも結構ですが、こういう状態の時には、相手のことよりもまずあなた自身の健康の維持を優先してください。あなたが精神的に追いつめられてしまいますと、最初は境界例の人を助けるはずだったのに、最後には耐えきれなくなって見捨ててしまうという、よくあるパターンをたどることになってしまいます。ですので、自分が精神的にまいっているなら、まずあなた自身の心の問題をセラピストに相談してください。そして、あなた自身がカウンセリングを受けるとか、安定剤などの薬を処方してもらうとかして、自分自身の心のメンテナンスを優先的に行ってください。そして、その次に境界例の人のことを考えてください。こうやって自分のことを大切にするということが、回り回って境界例の人のためにもなるのです。

 それと、もう一つあなたの心の問題として重要なことがあります。それは、もしあなたが避難しているときに、精神的に何か物足りないような感覚を覚えるような場合です。安全なところに避難したはずなのに、逆になんだか落ち着かなくて、今すぐにでも帰りたいような衝動に駆られたり、自分が自分でないような空虚感や物足りなさを感じた場合です。このような場合は、たしかにあなたは境界例の人に振り回されて非常に困っているのですが、実際には、意外なことに、あなた自身が影で糸を引いているという可能性もあるのです。つまり、境界例の人が問題行動を起こすようにと、あなたが無意識的に誘導したり挑発したりしているかもしれないのです。たとえば、あなたが虐待されることによってしか自分が自分であるという実感が持てないという、いわゆる「誘惑する被害者」の問題を抱えているとか、騒乱状態になるとなぜか生き生きとして来るトラブル・ジャンキーであるとか、あるいは自分と他人の区別が出来なくて、自分でも気付かないうちに相手を自分の延長のように扱っているとか、そのほかにもいろいろな原因が考えられます。しかし、なかなかこういうことには自分では気付きにくいものです。もし何か思い当たることがありましたら、境界例の人と一緒に、あなた自身も心の問題をセラピストに相談してみてはいかがでしょうか。

 いろいろと書いてきましたが、境界例の人によっては、今まで書いてきたようなやり方では、まったく対応できないようなケースもあります。たとえばいつまでたっても病識がまったく持てずに、破壊的な行動を繰り返したり、あなたに対して暴力行為を繰り返したりするケースです。いつまでたっても境界例の人に、自分の問題を何とかしたいという気持ちが生まれてこずに、破滅的な行動を続けているような場合には、二人の関係をもう一度見直した方がいいかもしれません。もしかしたら、二人の関係を解消することが、お互いにとって有益なのかもしれません。このような悲惨な状態にあるときには、あなた自身も判断力が低下していたりしますので、セラピストなどに相談してみることをお奨めします。

 恋人や夫婦という関係であれば、最悪の場合には別れることもできるのですが、親子関係にある場合には難しい問題が出てきます。このような場合も、自分たちだけで何とかしようなどとは思わずに、セラピストに相談してください。もし境界例の人が暴れて周囲の人に危害を加えるおそれがあるときには、場合によっては措置入院という強制手段を取ることもできるのです。

 さて、いろいろと書いてきましたが、みなさんが実際にここに書いたようなやり方を実行しようとするとき、必ずしも理想的な形で進行するとは限りません。みなさんの置かれている状況も様々ですし、境界例の人の状態も様々です。なかなかすんなりとは行かないことも多いのではないかと思います。しかし、要は工夫してみることが大切なのです。失敗したら、次はちょっとやり方を変えてみるとかして、自分たちに合ったやり方を見つけてください。そして、キレ方が重症であればあるほど、自分たちだけで何とかしようとはせずに、治療を受けることをお勧めします。
(境界例の人に、どうやって病識を持たせるかということは後で書きます)

 次回は、リストカットや自殺の脅し、あるいは実際に自殺未遂を何度も繰り返すような場合の対応方法について書きます。

まとめ
★ あなたには自分のことを大切にする権利がある。
★ キレた時には、物理的な距離を取り、冷却期間を置くこと。
★ あなたが避難する時に、五つの事柄を告げておくこと。
  ・キレた状態を認めること。
  ・自分の困惑した状態を告げること。
  ・キレたことを認める代わりに自分の困惑も認めて欲しいということ。
  ・冷静な話し合いが出来ないから中断するのだということ。
  ・見捨てるのではなくて、冷静になったら話し合いを再開する用意があるということ。
★ 場合によっては事前にキレた時の避難行動について話しておく。
★ 本人が症状に自覚を持てるようになったら治療をすすめてみること。
★ 必要に応じて、あなた自身も治療を受けること。
★ 最悪の場合は、関係の解消も考えてみること。
★ 自分たちに合った対応方法を工夫してみること。


【参考文献】
「 Stop Walking on Eggshells : Taking Your Life Back When Someone You Care About Has Borderline Personality Disorder 」
   Paul T.Mason, M.S. Randi Kreger 1998 New Harbinger Publications,Inc. $14.95
「 The Emotionally Abused Woman : Overcoming Destructive Patterns and Reclaiming Yourself 」
   Beverly Engel 1992 Fawcett Books $10.00


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