ホーム回復のための方法論


防衛機制のパターン 7

身体化  Ver 1.0 1999/06/23


 自分の抱えている問題を直視するのを避けて、身体的な症状として表現するものです。一昔前の言葉で言えばヒステリーということになります。歩けなくなったり、声が出なくなったり、耳が聞こえなくなったり、あるいは全身が麻痺したりと、症状はさまざまです。一見身体的な病気に見えますが、検査してみると、たしかに症状は似ているのですが、ちょっと違うところがあったり、ぜんぜんつじつまが合わない症状があったりします。完全に目が見えなくなったはずなのに、瞳孔反応があったり、歩いていても、どういう訳か危険なものにはぶつからずに、ぶつかっても大丈夫なものにしかぶつからなかったりします。このような人を第三者的に冷静に観察してみると、仮病そのもののように見えますが、本人は正真正銘の病気であると思い込んでいます。病気であると信じきっているのです。

 こういった行動の背景にあるのは、さまざまな無意識的な葛藤や、抑圧された願望です。見たくないから見えなくなってしまうのです。見たくないという自分の心理を直視することが出来ないために、見えなくなるという行動に出るのです。大嫌いな人がいるとすると、その人に対して憎しみや敵意を抱いているという事実を直視できず、その人の姿だけ見えなくなったり、その人の声だけ聞こえなくなったりという、身体的な症状として自分の葛藤を表現します。そのような症状を呈することで、その人の声を聞かずにすむとか、自分がその人を嫌っているということを周囲の人に理解してもらえるとかいったような、なんらかの利益を得ているのです。あるいは症状を呈することで、周囲の人との人間関係を操作したします。

 もし自分の症状に、原因不明のものがあったら、もしかしたらこういった精神的なものが原因しているのかもしれません。嫌いな人の声だけ聞こえなくなるという、選択性難聴などという症状はわかりやすいのですが、中には葛藤とどういう繋がりがあるのかよくわからないようなものもあります。

 たとえば私のケースで言えば、ひどい慢性疲労だったことがあるのですが、自己分析によって問題が解決した瞬間に、今までの疲労感が嘘みたいに消えてしまったことがあります。まるで狐につままれたような感じでした。私の抱えていた無意識的な葛藤(弟への死の願望)と慢性疲労がどういう関係があったのかさっぱりわかりませんが、とにかく結果としてそうだったということになります。

 最初から精神的な原因であると思い込んで、診察を受けないでいると、本当に身体的な病気だった場合、病気が進行していって危険ですので、一応病院に行って「異常なし」とか「原因不明」とかの診断を受けてから、精神的な原因の可能性を考えた方がいいでしょう。そして、もし精神的な原因であるならば、その症状によって自分が何を訴えたいのか、あるいはそのような症状によって自分はどんな利益を得ているのかと言ったことについて、自分の心の中を探ってみる必要があります。精神的な原因がすぐ分かるくらいなら「身体化」は起こりません。問題を直視したくて身体化が発生しているので、自己分析は容易ではないでしょう。しかし、このようなメカニズムを知識として持っていれば、何かのきっかけで自分の葛藤に気づくことがあるかもしれません。

 目が見えなくなるとか、全身が麻痺するとか言った派手な症状でなくても、緊張すると顔がぴくぴく痙攣するとか、字を書こうとすると手が震えて書けなくなるとか言うのもあります。書きたくないから書けなくなるのです。たとえば以前、国会に証人喚問で呼ばれた人が、宣誓書にサインするときに手が激しく震えて、いつまでたっても署名できないでいる場面が全国に放送されたことがありました。立場上、どうしても嘘の証言をしなければならないからです。心の底にサインしたくないという気持ちがあって、それで手が震えてサインできなくなったのでしょう。他の証人のように、堂々と嘘をつける度胸があれば、このような葛藤に苦しむこともなく、手が震えるということもなかったでしょう。あるいは、嘘をつくのが嫌なら、本当のことを言う度胸があればいいのです。本当のことを言えば葛藤に囚われることもないのです。選択性難聴の場合も、嫌いな人に向かって嫌いだと言えるだけの度胸があれば、わざわざその人の声だけ聞こえなくなるなどという、遠回りの手段に訴えずにすむのです。

 しかし、自己分析によってこのような度胸のない自分を見つめなければならなくなったときというのは、本人にとって実に辛いものです。たとえば、目が見えなくなったはずなのに、ぶつかっても大丈夫なものにしかぶつかっていなかった自分を発見したとき、おそらく激しい自己嫌悪に陥ることでしょう。自分一人でピエロのようなことをやっていた、などということは、本人の自尊心をひどく傷つけることでしょう。全身麻痺や、失声などといった症状もそうです。仮病と紙一重の身体化という手段を使わざるを得なかった自分の卑怯で卑しい面を見つめることは苦痛そのものです。しかし、このようなメカニズムに切り込んでいかなければ、本質的な解決はないのです。



【追記】
 身体化については「境界例の周辺症状」の「ヒステリーのメカニズム」でも詳しく書きます。
 私の慢性疲労の件も、詳しいことはどこかに書きます。

【注意】
 周囲にこのような人がいた場合、ただ単に心の問題を指摘するだけでは何の解決にもならないでしょう。本人は身体的な病気であると信じきっているので、傷つくだけです。詳細は「ヒステリーのメカニズム」に書きます。



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