ホーム回復のための方法論


防衛機制のパターン 4

知性化  Ver 1.0 1999/06/14

 自分を直視することを避け、知性の世界や、観念的な世界に逃避してしまうことです。専門用語を乱発したり、やたらに難しい言葉を使ったり、言い訳的な言説に終始したりします。一見ものごとを理解しているように見えたりしますが、本質的なことは何も理解していません。

 難しい表現を使ったりすると、自分自身でも何かを理解したような気になりますし、誇大感を膨らませることもできます。しかし、その背後にあるのは優越感を持ちたいという気持ちであり、支配したいという願望です。これは見捨てられ不安から来る、無力感の裏返しだったりします。観念の世界に逃げ込んでしまうと、自分の感情をありのままに直視することが難しくなります。乱発する知的な言葉は、本質的な問題へのめくらましとして機能します。

 このような知性化は、言い訳のため屁理屈としても機能します。だれかから自分の行動の問題点を指摘されると、それなりのつじつまの合った説明をします。本人もその説明は間違っていないと思い込んでいます。自分の行動は正当化されます。しかし、第三者が見れば、単なる言い訳にしか見えません。逃げているだけなのです。さらに追求されても、言い訳を重ねるだけで、決して自分を素直に見つめることはありません。そして、本人はどこにも問題がないと思い込んでいます。自己洞察においても、言い訳的な、的外れの展開に終始して、分析が停滞したりします。

 人間の行動はそれほど知的なものではありません。たとえば動機が食い物の恨みからであったとしても、そういった卑しい動機は深く隠されてしまい、哲学的で高尚な説明がついたりします。見捨てられた孤独感が、人生の虚しさに関する哲学や、人類の宇宙的な孤独感にすり変わったりします。このような哲学や言い訳は、行動や感情を正当化するために、後から作られるものなのです。最初に行動に駆り立てる衝動とは、実に卑近な感情でしかなのです。自己分析においては、この卑近な感情を見つめる必要があります。そして、語るべき言葉は、心の底から絞り出された、感情によって裏打ちされたものでなければなりません。悲しみや、怒り、嫉妬、羨望、食い意地、独占欲、軽蔑、陰険な復讐願望、境界例の人の心の底にはこういった諸々の感情が眠っています。こういう感情を見つめ、知的な言葉ではなく、自分自身の言葉で語らなければなりません。

 もちろん、このページを読んでも、知ってるだけで終わってしまい、ぜんぜん自己分析に生かされないとしたら、それも知性化と言えるでしょう。



閑話休題
 小説や映画に出てくる宇宙人は感情のない生き物として描かれることが多いのですが、逆だったらどうなるのだろうか。人類よりもはるかに豊かな感情を持っていて、感情の乏しい地球の人々を哀れんだりしたら面白い。戦争や紛争に明け暮れる人々、弱者を踏みにじる人々、しらけた人々、こういった人々を感情の豊かな宇宙人はどんな目で見るだろうか。


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