ホーム回復のための方法論


過去の受容5

他人の性格を
  自分にコピーする方法

  Ver 1.0 1999/08/19
  Ver 1.1 1999/08/24


 私たちは、ときどき他人の心理を知りたくなるときがあります。人間関係の中で、あの人は何を考えているのだろうかと思うことは良くあることです。他人の心理やその人の考えていることがが手に取るように理解できれば、人間関係が非常に楽になります。そこで、他人の性格や心理を知るための方法がいろいろと考えられてきましたし、私たちも、簡単に他人の心理を知る方法に興味を示します。たとえば血液型で性格を判断するとか、心理学的に他人を理解するとか、精神分析的に理解するとか、いろいろあります。他人の心を簡単に理解できれば、ある種の支配欲を満足させることも出来ます。ですから、血液性格学などという、とんでもないものまで流行するのです。まあ、血液性格学などというのは日本にしか見られない現象なのですが、なぜこんなものが日本で流行したのかというのも、心理学的に興味深いところであります。

 血液型性格学に凝っている人は、だいたい私の血液型はA型であると自信を持ってい言います。そこで私は、人間ドッグで検査を受けたときに発行してもらった、血液型証明書のカードを財布から出して、にんまりします。私は、実はO型なのです。彼等は、私のカードを覗き込んで、「なんで?」という顔をします。この瞬間こそが私にとっては実に楽しい一瞬なのであります。

 まあ、こういう話はともかくとして、私たちは、他人を理解するために、自分の過去の経験に照らし合わせて考えてみたり、見聞きしたことに照らし合わせて推測しようとします。あるいは、心理学やその他の本で読んだ知識をもとにして理解しようとします。しかし、そういったやり方とはまったく違ったやり方をここで紹介します。自分がその人自身になる方法です。自分がその人になってしまえば、心理状態などを直接的に理解することが出来ます。ただ、この方法はそれなりの集中力を必要としますので、内面的な集中力に応じて、他人の性格を再現することができるということになります。

 これも俳優の訓練方法のひとつです。たとえば、今あなたはこの文章を読んでいますが、今のその姿勢と言うか、その状態から、あなたのアゴを少し上げて見てください。アゴを普段より少し上げてこの文章を読んでみると、あなたの心理状態がほんの少し変化すると思います。アゴを少し上げることで、視線が人を見下すような角度になります。よくわからない人は、もう少しアゴを上げてみてください。そうすれば、なにか人を見下したり軽蔑したりするような心理状態が自分の心の中に発生することでしょう。このアゴを上げるというのは、実に簡単に人を見下したり、軽蔑したり出来る方法です。では、次に、アゴを元に戻してみてください。この、今のアゴの角度があなたの普段の姿勢ですので、アゴを上げることによって生じた、見下すような心理状態が元に戻ったことでしょう。そして、この普段のアゴの角度というのは人それぞれなのです。人によってはアゴが上がって、ツンと鼻が上を向いているような人もいます。しかし、その人にとってはそれが普段のアゴの角度であり、その人の心理状態に応じた角度になっているのです。

 アゴの角度だけではなくて、姿勢、身振り、仕草、声の調子などが、それぞれその人の心理状態を反映します。たとえば電話で相手に謝罪するときには、相手に自分の姿が見えていないにもかかわらず、受話器をにぎりしめながら頭を下げたりします。ふんぞりかえりながら謝罪する人はいないでしょう。楽しい話をするときに、いまにも死にそうな声で話をする人もいないでしょう。姿勢や、仕草などは、それぞれの心理状態と呼応しているのです。と言うことは、つまり、その人の姿勢や仕草や話し方などを思い出して「精密」に模倣すれば、その人の心理状態が自分の心の中に再現されることになります。この「精密に」というところが重要なのですが、ここが、宴会芸のような人を笑わせることを目的とした物真似とは次元の違うところなのです。誇張するのではなくて、その人の仕草や動きを、ありのままに正確に模倣するのです。そして、模倣することによって発生する、内面の変化に注意を集中するのです。そうすると、ある時点で自分が自分でなくなって、まるでその人自身になったような感覚を体験することが出来るでしょう。自分の部屋で、集中できるような環境を作ってから、対象となる人物の動きの細部を詳細に思い出してみて下さい。そして、それを自分の身体で可能な限り「正確」に再現してみてください。そして、自分の内面の変化に注意を集中してください。

 このやり方を少し発展させた訓練方法に、「ミラー・エクササイズ」というのがあります。日本語で言えば、鏡ごっことでも言いましょうか。鏡役の人と、鏡を見る人の二人で向き合います。鏡役の人は、相手の動作を左右逆にして模倣しなければならないので、それが相手の動きへの集中力を強化します。鏡を見る役の人は、最初は、鏡役のミスを誘発してやろうとして、わざとふざけた仕草をしたりしますが、五分、十分と時間が立つにつれて、おどけた仕草がなくなっていって、だんだん真顔になっていきます。時間が経つにつれ、ただの鏡を見ているような気持ちになってきます。そして、その人固有の身振りや仕草、表情と言ったものが出て来るようになります。一方の鏡役の人は、最初は左右逆にしなければならないので、動きを間違えたりするのですが、時間が経つにつれて慣れてきて、精神的にも落ち着いてきます。相手がこちらを見つめて深い溜息をつけば、全く同じように溜息をつきます。相手が額をなでながら鏡を覗き込んでくると、自分も同じようにして顔を近付けます。そして、時間が経つにつれて自分が自分でなくなった状態を実感できるようになります。

 私たちは俳優ではありませんので、あまり徹底的にやる必要はないと思います。ある程度その人の仕草などを模倣することで、その人の心理状態が自分の心の中に再現されて来るのを実感することが出来るでしょう。

 こういったことは、たとえば女装した男性が、女性よりも女性的だったりするケースがわかりやすいかもしれません。彼等は女性的でありたいという強い願望がありますので、普段から女性の仕草を良く観察しているのです。そして、観察した結果を無意識的に模倣しているのです。そして、才能のある人は、女性よりも女性的な色っぽさをかもしだしたりするのです。

 私たちは過去や現在において、「あの人は何を考えているのだろうか」と思うような人に出会っています。そういう場合に、このやり方が役に立ったりします。その人の心理状態を自分にコピーすることで、その人自身を自分で実感できるのです。しかし、このやり方で難しいのは過去の人を模倣しようとすることです。その人はもう思い出の中にしか存在しませんので、その人の仕草などを正確に思い出そうとしても、ある程度限界があるからです。現在もその人が身近にいる場合は、あらためてその人を注意深く観察することによって、正確な模倣を実現することが出来ます。

 このやり方で相手の心理状態を自分の心の中に再現するには、自分の心がある程度中立的な状態であることが望ましいのです。色を塗るときのキャンバスの色は、なるべく白に近い方がいいのと同じです。自分自身の心が、ある特定の色に染まっているような場合は、その上に違う色を塗ろうとすると、多少困難になるかもしれません。たとえば鬱病の人が躁病の人の心理状態をコピーしようとしても、それはかなり無理があるでしょう。しかし、うつ病の人が、比較的明るい性格の人の心理状態をコピーしようとすることで、もしかしたら、鬱状態特有の思考の歪みに気づいて、鬱状態の改善に、ある程度は役に立つかもしれません。しかし、ここら辺のことは実際にどうなるのか私にはよくわかりません。鬱状態を発生させている内部構造が変わらない限り、どうにもならない面もあると思います。

 親から虐待を受けてきた人の場合、親の心理状態をコピーしてみようと思うこと自体、激しい嫌悪感を招くかもしれません。なんであんなやつの心理状態などを理解する必要があるのか、と言うわけです。私も、自分の親を、となると、さすがに気力が萎えてしまいます。私がこのやり方を使うのは、何を考えているのかよくわからないような人に出会って、その人の精神状態をぜひ知りたいと思ったときなどです。そして、実際にやってみて、ああ、こういう精神状態なんだなと、理屈抜きで、感覚的に理解することが出来ます。もし親との葛藤が私ほどひどくないような人の場合は、親の心理状態をコピーしてみることで、いろいろな発見があるのではないかと思います。よかったら、試してみてください。

 最後にちょっと芝居の話になりますが、模倣する対象はなにも人間だけではなくて、動物でもいいわけです。動物の動きを正確に模倣することで、役作りに使うことも出来ます。たとえば、マーロン・ブランドが「ゴッド・ファーザー」でマフィアのボス役をやるときに、ゴリラを自分にコピーしたりします。しかし、観客には、あの手の動きはゴリラの手の動きがベースになっているのだなどということはわかりませんので、結果的にはマフィアのボスのキャラクターとして表現されることになるわけです。


【 警告 】
 この方法で、自分の本来の性格を変えることは出来ません。

 これはあくまでも他人を理解するための方法です。
 神経症の人には、「間違った目標」に向かって「間違った方法」で努力しようとする傾向がありますが、他人の性格を自分にコピーする方法についても、曲解して迷路に入り込んでしまう可能性があるようです。他人の心理状態や思考パターンを理解するにはいい方法だと思うのですが、この方法によって自分の性格を改善しようなどと思うと、どうしようもない迷路に入り込んでしまいます。このやり方は、自分の性格の上に、一時的に他人の性格を被せることによって他人の精神状態を再現するものであって、もともとある土台としての自分の性格を変えるものではありません。たとえば、明るく振る舞わなければと言う思いから、明るい性格の人の仕草などを正確に自分で再現しても、それを演じ続けるには、相当の集中力が必要です。俳優の場合は、舞台の上演時間、映画の撮影時間の間だけ集中力を総動員して役作りをするわけですが、これを日常生活でやり続けることは不可能です。土台となっている自分の問題を解決することなく、このやり方で自分の性格を改善しようとすると、それは膨大な疲労と膨大な苦痛を招くだけです。
 では、もともとある、土台となっている神経症的な性格の問題とはなにかというと、先の例で言えば、明るく振る舞えない自分が問題なのではなくて、「明るく振る舞わなければいけない」という歪んだ目標設定にあるのです。営業の人なら相手との交渉の時に、無理をしてでも明るく振る舞わなければならないこともあるでしょうが、神経症の人が普段の生活で明るく振る舞おうとすると、そこから神経症的な迷走が始まってしまいます。暗い性格なら暗いままでもいいのです。面白くなかったら笑わなくてもいいのです。それも個性のひとつなのです。しかし、神経症の人のなかには、現実の自分を無視して、非現実的な目標を設定したりします。そして、ますます迷路にはまり込んでしまうのです。神経症の治療で「あるがまま」の自分を受け入れることの重要性が、繰り返し強調されるのは、このような間違った目標に囚われているところから来ているのです。では、なぜこのような間違った目標への囚われが生ずるのかといったこと等については、あとで「神経症の構造」のこところに書く予定です。
 私の紹介した方法は、ちょっと特殊なやり方ではありますが、他人を理解する方法のひとつとして紹介してみました。ただこのやり方は、表面的な物真似をするものではありません。そういう物真似とはまったく違うものです。対象となる人への「詳細な観察」と、その「精密な再現」が鍵となります。自分の部屋で、精神的に落ち着いた環境を作り、身体をリラックスさせ、集中力を高めてから、対象となる人の動きを詳細に思い出して、それを自分の身体で精密に再現してみてください。そして、自分の心理状態の変化に注意を集中してみてください。


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