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境界例の治療技法 2

初期面接と治療契約
  Ver 1.0 2000/03/03

 人はさまざまな状態で治療を受けに来ますが、もし患者が薬物中毒の場合には、まず薬物の問題をある程度解決しておかなければなりません。アルコールやシンナー、覚醒剤、コカイン、ヘロインなどの薬物は、それぞれの薬物に特有の医学的な症状がありますので、薬物への生理的な依存に、ある程度のめどがついてから精神療法を開始することになります。

 境界例の人は、自分から治療を受けに来ることもありますが、実際には親などに連れられて治療を受けに来るケースが多いようです。しかし、ときには親が自分だけで相談に来るケースもあります。このように、なんらかの形で親がセラピストのところに来るケースでは、親を観察するのに絶好の機会となります。たとえば親が非常に依存的で、何ごとをするにも人の指示を求めるタイプの人であるとか、やたらと自分を責めたてて悲劇のヒロインみたいになっている人、あるいは、非常によそよそしくてほとんど感情を表現しない人など、さまざまなタイプがありますが、親の性格などを直接観察しておくことは、治療を進める上で非常に参考になります。また、特に精神分析的な治療を行なう場合には、患者の乳幼児期の育児状態に関する情報を得ることができますので、これもたいへん参考になります。

 治療の進め方は、セラピストによってそれぞれ考え方の違いなどがありますのが、セラピストによっては最初の面接を行なう前に、申込用紙にいろいろなことを書いてもらう場合もあります。これは、面接が紋切り型の会話にならないようにするためのもので、家族構成であるとか、生育歴であるとか、いま抱えている問題であるとか、そういったことを事前に書いてもらうのです。このようにして基本的な情報を事前に提出してもらうことで、初回の面接時間を有効に使うことができるのです。最初の面接というのは、患者にとってもセラピストにとっても、一つの重要な出会いの場でありますので、ここで互いに何らかの触れ合いというか、そういう体験を持てるかどうかということが非常に大切になります。しかし、境界例患者の場合には、常に見捨てられるのではないかという不安感を抱いていますし、自己愛傾向の強い人は、セラピストを見下してやろうとして粗捜しをしたりしますので、なかなか難しいところであります。

 セラピストが最初の何回かの面接を通してやらなければならないことは、まず精神分析的な精神療法とはどういうものであるかという説明と、患者とのやりとりを通して、とりあえず仮の診断を下すということ、そして、患者と治療契約を結ぶということです。

 まず最初に、精神療法についての説明ですが、患者によっては間違った考えを持っている人がいますので、誤解がないようにきちんと説明しておく必要があります。たとえば、セラピストが解決する方法を指示してくれるはずだとか、治療を受けることで自分が別人のようなれるとかいった、誤解に基づいた期待を抱いていたりしますので、実際の治療がどういうものであるかといったことや、セラピストの役割がどういうものであるかとかいったことを、体験的に教えるようにします。たとえば、セラピストの役割とは、患者にどうすればよいのかを教えてくれる人だと思っている人に対しては、「あなたは、困ったときには、いつも誰かに教えてもらっていたのですか」というような聞き方をすることで、患者に考えさせたり、自分を見つめさせたりして、これから行なわれる治療方法を体験的に理解させるのです。このようなやり方は、同時にセラピストにとっても患者の内面を理解する手助けとなります。

 精神分析的な治療では、セラピストというのは患者の心の底にあるものをすべて見抜いてしまう人ではありませんし、どうしたらいいのかという答えを与えてくれる人でもありません。あくまでも、患者が自分で問題を解決するための手助けをしてくれる人であり、患者の抱えている問題について一緒に考えてくれる人なのです。そして、そのための理論と技能を身につけた人なのです。ですから、問題を解決していくためには、患者は自分が考えていることをできるだけ隠さずに話す必要があります。特に、転職や結婚などといったような、人生の重大な決断をするときには、事前にセラピストに相談して、その判断でいいのかどうか、セラピストと一緒に考えるようにした方がいいでしょう。このように、プライベートなことを何でも話せるようにするためには、当然のことながらお互いの信頼関係が非常に重要になってきます。ですので、セラピストに対して不信感を抱いたりしたような場合には、そういうことについてもよく話し合った方がいいでしょう。特に境界例の患者は、セラピストに不信感を抱きやすいので、信頼関係の維持ということが非常に重要になってきますが、同時に難しい点でもあります。

 次に仮の診断についてですが、患者が精神病レベルの状態なのか、神経症なのか、あるいは境界例のような人格障害なのかといった、おおよその判断を下します。そして、患者の状態から薬の処方が必要かどうか、あるいは入院して治療した方がいいのかといった判断をします。セラピストによっては、ここで簡単な心理テストを行なう場合もあります。たとえば、インクの染みの模様が何に見えるかといったロールシャッハテストや、紙に一本の木の絵を描いてもらうバウムテストなどです。

 このようにして境界例という診断が下されるわけですが、境界例について詳しくないセラピストの中には、「自分から境界例だという人は、境界例ではない」などと単純に言いきってしまう人がいるようですが、この判断は間違いです。人格障害というのは心神喪失状態ではありませんので、自分が何をやったのかということを理解できるのです。ですので、もし患者が境界例に関する正しい知識を持っているならば、自分の状態を境界例であると判断することもできるのです。しかし、境界例の患者は他人の押しつけがましさや、精神的な侵略行為をひどく嫌ったりする面がありますので、たとえば親が暴れる息子に「異常者」のレッテルを貼ろうとすると、むきになって正常であることを主張したりすることもあります。ですから重症の患者や、親に無理やり連れてこられた患者は、病識を持ちにくいケースもあります。しかし、境界例がどういうものであるかという知識を得れば、大体の判断はできるのです。精神科医の町沢静夫も言っているように、「自分は境界例ですので、治療してください」と言ってくる患者は、ほぼ間違いなく境界例なのです。

 あとの治療契約についてですが、これはセラピストと患者が話し合って決めた、治療のためのルールのことを言います。たとえば、治療は週に何回にするとか、治療を行なう曜日、時間、場所、料金、都合が悪くなったときのキャンセル料などの約束事を決めて、それに従って治療を進めていくのです。面接の頻度はだいたい週に一回から二回にするケースが多いようです。時間は一回あたり四十五分から一時間というのが標準のようです。患者が入院している場合には週に二〜三回おこなわれたりすることもあります。料金というのは、患者の治療への動機付けとも関連してきますので、患者の経済状況から見て、安過ぎす、高過ぎずといった値段設定が理想なのですが、実際には病院の経営などの問題とも絡んできますし、福祉行政による治療費の公費負担制度などもあって、なかなか理想通りにはいきません。治療時間や治療頻度についても、患者の状態やセラピストの置かれている状況によって変わってきます。たとえば臨床心理士などの資格を持ったカウンセラーが単独で治療を行なっている場合には、健康保険は適応されませんので、料金は数千円から一万数千円位になります。大学などで学生向けに設けた相談室などは無料だったり、非常に安い値段が設定されていたりします。

 さて、この治療契約についてですが、このように治療に枠組みを設定して、それを守らせるということは、特に境界例の治療には、非常に重要な意味を持ってくるのです。次にそのことについて書いてみます。


【参考文献】
「精神分析的心理療法の手引き」 鑪幹八郎 監修 誠心書房 1998.5.10 \3200
「境界例と自己愛の障害」 井上果子/松井豊 サイエンス社 \1400- 1998.12.25
「青年期境界例の治療」 ジェームス・F・マスターソン 金剛出版 1979.7 \7,800



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