ホーム医療とサポート

境界例の治療技法 4

入院治療
    Ver 1.0 2000/03/10

 入院治療を行なうには、セラピストが入院施設があるところにいるかどうかによります。そして、もし入院治療を行なう場合には、後で書きますが、看護婦さんなどのスタッフが、患者の行動の意味を理解していることと、患者の行動に対応できるような、チームワークの取れた受け入れ体制が整っていることが必要になります。もしこれが不十分ですと、場合によっては治療態勢が非常に混乱してしまうからです。

 ではまず最初に、なぜ入院するのかというところから書いてみたいと思います。境界例の人は心の底にある分離不安や見捨てられ不安に耐えることができなくて、破滅的な行動を取って、そのことで自分の不安をごまかそうとしますが、入院することによって、この行動化に制限を加え、行動化の背後にある不安の正体を見つめさせるのです。そして、その不安感に直面させることで行動化をある程度自分でコントロールできるようにするのです。入院すれば病院の規則によって決められた消灯時間や食事の時間などに従わなければなりませんので、昼夜逆転の生活を送っている人にとっては、規則正しい落ち着いた生活を送らなければならなくなります。それに、病院という施設の中で生活しますと、普段やっているような気を紛らわす行為がかなり制限されますので、どうしても募ってくる不安感と向き合わざるを得なくなってくるのです。

 どういう人を入院治療の対象にするかは、セラピストの判断によると思います。必ずしも重症の人だけではなくて、自分の感情をうまく表現できないような、一見症状の軽いような人でも、自分と向き合うことを目的として入院治療にすることもあるでしょう。ただ、患者に対して入院することの目的をきちんと説明して、患者が納得した上で入院することが大切です。自傷行為の予防のために強引に入院させたりしますと「精神病院に捨てられてしまった」という誤解から、絶望的な気持ちになって、自傷行為がさらに悪化したりするからです。ですからこういうことのないように、たとえば親と一緒に生活している人に対しては、親の影響から離れて生活することで自分を見つめてみようではないかとか、そのために病院から学校や職場に通ってみるとか、あるいはストレスの多い環境から離れて精神を安定させるとか、入院して同じような仲間と触れ合ったり、看護婦さんや作業療法士などの病院のスタッフと接することで、そういう関係を通して自分を振り返ってみるとか、そういうような入院することの目的をはっきりとさせておくことが必要です。特に空虚感の強い患者は、治療意欲を失いやすい傾向がありますので、患者に対して治療の目的や目標を繰り返し確認することで、治療意欲を維持させるようにした方がいいようです。

 入院期間についても、だらだらといつまでも入院するのではなくて、前もって入院期間の予定を告げておいた方がいいようです。境界例治療のベテランであり、日本における境界例治療の先駆的な役割を果した成田善弘氏は、その豊富な治療経験に基づいて、何回も繰り返し入院するようになってもいいから、期間は一〜三ヵ月以内くらいにおさえた方がいいと言っています。あまり長期の入院になりますと、病院での生活が患者に退行を引き起こしたりしますし、特に若い人には社会経験を積む機会を奪うことになるからです。この入院期間は、最初の予定通りにいくとは限りませんで、症状の改善状況などを見ながら患者と話し合って、合意の上で延長したり短縮したりということもあります。

 このようにして患者の入院生活が始まるわけですが、病院では行動がいろいろな形で制限されるため、不安や鬱積した感情がはけ口を求めて出てきます。たとえば、これがセラピストに向かって発散されたり、病院内で隠れてリストカットしたり、場合によっては勝手に病院を抜け出して自殺未遂のようなことをしたり、あるいは病院のスタッフに向かって怒りを爆発させたて悪態をついたり、時にはスタッフ同士の人間関係を操作するようなことをしたりといった、実にさまざまな問題行動を起こしたりします。このような患者の行動化に対して、枠組みを設定して、一定の制限を加えるわけですが、最初からあまり厳しい枠組みを設定することには批判が多いようです。ですので、患者が最初から守れそうにないような枠組みを設定するのではなくて、症状に応じた「適度な」枠組みを設定した方がいいようです。

 もちろんのことですが、入院中に患者が引き起こすさまざまな問題行動はすべて分析の対象となり、面接治療の過程で取り上げられて、自分自身の心理状態への洞察を促すことになるわけです。なぜあの時にあんなことをしてしまったのかという考察が、心理的な現実を直面化させることとなり、患者の無意識レベルに眠っていたものを意識レベルにまで引き上げることになるのです。そして、それらの洞察によって得られたものを治療を通じて意識的に発散させることで、患者は徐々に行動化をコントロールできるようになっていくのです。自分を突き動かしている、不可解な衝動の、その本当の意味が見えてくれば、つまり、今まで直視することを避けていた分離不安や見捨てられ不安を、実際に具体的な形で体験的に理解させることで、少しずつではありますが、セラピストの助けを借りながら、なんとか自分の行動化に対処できるようになっていくのです。

 さて、ここで問題になってくるのが、境界例患者が引き起こす厄介な行動に対して、看護婦さんなどの病院側のスタッフが、どのように対応したらいいのかということです。境界例シフトなどという言葉もあるようですが、境界例の患者を扱うには、通常の患者とは違った、チームワークの取れた受け入れ態勢が整っていませんと、最悪の場合、患者の行動化によって、治療態勢がズタズタにされてしまう可能性があるからです。特に多数の境界例患者を受け入れるような場合には、スタッフの教育などがきちんとなされていませんと、スタッフが精神的にボロボロになったり、スタッフ同士の人間関係がゆがめられて、互いに不信感を抱くようになったりします。そして、このような混乱から、仕事への自信をなくしてしまい、職場を去っていく人も出てくるのです。このような受け入れる側の混乱と苦悩については、備考欄にリンクを貼っておきましたが、共和病院のホームページに、青年期病棟の婦長さんの体験談がありますので、興味のある人は読んでみてください。患者を受け入れる病院側も大変なんだなということがよく分かります。患者との接し方というのは、実際問題として頭で分かっているだけではどうしようもない面もありますので、日々の患者とのかかわりを通して、体で体験しながら学んでいくしかないとも言えます。ですから、共和病院の初期の混乱は仕方のない面もあるのです。

 では次に、このような患者の問題行動に対処するために、患者の行動への理解と対応の仕方について書いてみたいと思います。これは、病院のスタッフだけでなくて、患者の家族や、身近に境界例の人がいる場合にも、「ある程度は」役に立つのではないかと思います。


【参考文献】
「BPDの精神療法」 成田喜弘
  収録:精神医学レビュー20 「境界パーソナリティ障害(BPD)」 1996.9.20 \2,800
「境界例の精神療法」 福島章 編 金剛出版 1992.10 \3,000
「青年期境界例の治療」 ジェームス・F・マスターソン 金剛出版 1979.7 \7,800

【関連リンク】
共和病院のホームページの表紙
  青年期患者へのチームアプローチをめぐって
   病棟医の視点から、病棟運営についての回想が書かれています。
  青年期病棟におけるスタッフの心の変化とチームづくりの困難さ
   婦長さんの回想録です。境界例患者を抱えたスタッフの苦労がひしひしと伝わってきます。
★注意★
 共和病院では経営方針が変わって、現在では境界例の治療は行なっていません。




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