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過去の受容 9

性的虐待
  Ver 1.0 1999/09/20


 境界例の男女比は、アメリカの調査によると、男:1、女:2の比率になっています。女性の比率が高いのは、女性が性的虐待を受けやすいことがひとつの要因となっていると思われます。実際、アメリカで近親相姦の問題が社会的に取り上げられるようになってから、親やきょうだいなどから、虐待を受けているケースがたくさんあることが明らかになってきました。日本でも、70年代の始めころから近親相姦の問題がさかんにマスコミに取り上げられるようになりました。特に女性週刊誌がさかんにこの問題を取り上げているのですが、その中から、いくつかタイトルを拾ってみますと――。

 青春無惨 近親相姦殺人事件
   実の父の子を五人産んだ女性の痛ましい記録
     女性自身 1971.6.19

 私を犯した実の父を憎む!
   近親相姦が夫にばれ45日間で離婚
     微笑 1972.1.29

 海外レポート「近親相姦は10家族に1件」の悪寒!
   アメリカで1年間に報告される二万五千件
     女性自身 1882.2.25

 「息子の子を産む!」
   私は魔性の母・41才
     女性自身 1988.1.7

 私は6才から17年間実の兄に犯され続けた!
   衝撃の告白「近親相姦の悲劇」
     週刊女性 1991.7.9

 こういう女性週刊誌は、センセーショナルなタイトルをつけていますし、読者の興味をそそることを目的としている部分もあります。こういった近親相姦は、肉親であるがゆえの、逃げ場のないドロドロとした情念が渦巻いてしまいます。児童相談所の事例を、ひとつ、見てみましょう。


 実父は本児が小学六年のころに無理矢理肉体関係を結び、本児が中学生になってからは車に乗せてモーテルへ連れていったり、自宅においても継母の目を盗んで関係を強要し続け、事件発覚前には月に十二〜三回の関係を強いるようになっていた。
 そのため、本児は家に帰るのが嫌で、家出をしたり、忌まわしい実父との行為を忘れるため、シンナーやタバコを吸って自己逃避を図ったりしていた。ある日、思い悩んだ本児が学校の先生に相談したことから事件が発覚。本児は一時児童相談所に保護されたが、親の強い要求と本児の気持ちの変化により、家庭復帰し、在宅での指導が継続された。
 事件発覚後の継母の反応は微妙で、本児に対して同性としての敵対感情を持つようになっている。父は身体に入れ墨をし、犯罪歴を有している他、家庭内では力によって事を制し、飲酒癖がある。そのため本児は父に恐れを抱いている。また夫婦関係は不良で、常に離婚の危機をはらんでいた。
 家庭復帰後一時途絶えていた本児と父との関係は、しばらくの後再発。
 結局、本児は恋人と結婚し、家庭を離れることによって問題の解消を見ている。
  ―― 「少年補導」 1978/6月号 近親相姦の家族特性と処理 より引用


 このように、虐待を受けていながらも、父親への激しい敵意とともに、それとは正反対の素朴な愛情との間を揺れ動いて、その葛藤に苦しんだりすることがあります。ここに、被害者−加害者という単純な図式だけでは捉えきれない、複雑な要素があります。特に、児童相談所などが介入して、子供を親から離した場合、親への憎しみの気持ちに変化が起きることがあります。

「父はこれまで家ではあまり話をせず、恐い存在であったが、このような関係になってからは言葉づかいも友達に話すのと同じになり、時には二人で繁華街へ出て食事をしたり、良いものを見つけると買ってもらったり、劇場へ行ったりした」(同上、「少年補導」より)

 憎いはずの父親だったのが、いざ離れてみると、このような、憎しみとは正反対の、父親への素朴な愛情が甦ってきて、父の元に帰りたくなったりします。そして、父親の元に戻ってしまえば、児童相談所の監視があるにもかかわらず、ふたたび関係が始まってしまうケースが多いようです。しかし、やはり悲惨なケースでは、父親が娘を取り戻そうとして児童相談所にどなり込んでくることもあるそうです。このような場合には、親には親権があるので、子供を引き渡さざるを得なくなります。

「父親は、父子相姦の事実を強く否定した。S子も父親の暴力を恐れて、事実をはっきり打ち明けなかったため、児童相談所はS子を父親の元に返さなければならなかった。帰りぎわ、S子は児童相談所の柱にしがみついて、『帰りたくない』と訴えた」
 ―― 「朝日ジャーナル」 1989.1.27 父親の性的虐待におびえる子供たち より

 こういうシーンを想像してみますと、柱にしがみついて「帰りたくない」と泣き叫んでいる子供の姿が、あまりにも悲惨で哀れです。

 このような肉親との関係が、記録に残るような形で明らかになるのは、悲惨なケースが多いのですが、実際には、第三者のうかがい知ることの出来ない家族の暗闇のなかで、さまざまな形で、性的な行為が行なわれているものと思われます。実際に肉体関係までいかなくても、その一歩手前まで行ったケースとか、あるいは、具体的な行動には出なくても、親の雰囲気に嫌悪感を抱いたりすることもあります。

 親やきょうだいとの関係が、普通の男女関係と決定的に違う点は、特に子供の場合、他に逃げ場がないということです。さらに女性の場合、母親が見てみぬふりをしたり、父と娘の肉体関係に嫉妬を抱いたりする場合が多いようです。母親に助けてもらいたいのに、無視されたり嫉妬されたりすることで、見捨てられ感を増幅されたりします。自分は肉体的に利用されるだけの存在でしかないのだという思いを抱くようになり、自分で自分を見捨てるようになります。これが境界例的な精神状態を作り出すのです。

 もし、父親が娘との良好な関係を利用して、精神的に父親に依存するように仕向けたりする場合、肉体関係まで発展しても、自分たちのやっていることに疑問を持たないばかりか、自ら親との関係を求めるようになったりします。このような場合、本人は親に利用されているという意識がなくて、近親相関の関係のなかに浸りきったりします。たとえば、父親と兄と自分の三人でセックスをしているという女性がいました。まさに、快楽におぼれているという状態です。この女性にとっては、近親相姦そのものが問題なのではなくて、誰かに自分たちのことを知ってもらいたいのだけれど、誰にも言えない関係なので困っている、と言うのが彼女にとっての最大の問題だったのです。要するに、誰かにノロケ話をしたくて、ウズウズしていたということです。最初に父親と関係を持って、やがて兄に気付かれて兄とも関係を持つようになり、そのうちに自然と三人でするようになったとのことでした。「話を聞いてもらって、すっきりした。いま幸せです。出来ることなら、いつまでもこの関係を続けていきたい」と言う彼女に対して、精神的な分離がどうのこうのという話をするのは野暮な話だと思い、お幸せに、と言うしかありませんでした。

 悲惨な虐待状態にある人たちからすれば、こんなのめり込んでいるような人たちと一緒にしないでくれ、と言う気持ちもあると思います。現実には、悲惨な状態の人から、快楽におぼれている人まで、さまざまな人たちが連続的に存在していて、抱えている問題も人によってさまざまです。悲惨なケースでは、殺人事件にまで発展することがあります。「私は人間を殺したんじゃない、獣を殺したんだ」という悲痛な叫びは、彼女の置かれていた悲惨な状態を端的に表わしています。こういう人からみれば、自ら父親に抱かれたがっている女性というのは、おぞましい存在そのものでしょう。

 肉親による性的な虐待は、それがどのような形で行なわれたのかという点のほかに、それが行なわれたときの子供の年齢によって影響力が違います。その時点で子供がどの程度精神的に分離ができていて、自我の確立が達成されているかによっても、虐待の影響力に違いが出てきます。特に、幼いころに、激しい恐怖感を伴うなような形で虐待が行なわれたような場合には、見捨てられ不安をモロに直撃されることになりますので、これが深刻な心の傷となり、成長してから、多重人格などの障害となったり、ヒステリーの症状となって現われることがあります。しかし、なかにはこのような暴力的なものではなくて、その時点では表面的には合意の上で行なわれたように見える関係であっても、その後の人生をメチャクチャに破壊してしまうこともあります。たとえば、これは幼いころに兄と関係を持ったケースです。


 もうひとつ、あざやかな記憶。無惨な記憶。
 私は、壁にもたれて風呂の縁に座り、両足を広げている。あの男が、ペニスを入れている。何か話している。夕方。風呂場の隣り、板壁ひとつ向こうには台所。母親が夕食の仕度をしている。まな板の音が聞こえている。なにかいい匂いさえ、その板壁にある小窓を通して流れてくる。風呂場の電球の、淡いオレンジ色の明り。湯気が立ちのぼり、何歳なのだろう、幼い私は、この全てに”家庭”を感じて、入れられたまま、あの男としゃべっている。自分が何をされているのか、知りもしなかった。これが家庭だと、家庭だと、疑いひとつ持たず、足を広げていた。……消してしまいたい、覚えていたくもない、無惨な記憶。
 ―― 「甦える魂」 高文研 穂積純 1994.6.25


 彼女は大人になって結婚したのですが、夫に対して何の愛情もわかず、夫婦生活もうまくいかずに離婚。再婚したあと、妊娠を期にうつ状態となりカウンセリングを受けました。そして、いまの精神状態の原因が、幼いころの兄との関係にあることを知ります。自分は近親相姦の共犯者だったのではなくて、本当は被害者だったんだということに気付きます。そして、精神的にボロボロになりながら、彼女の悪戦苦闘が始まりました。最終的には、自分の忌まわしい過去と結びついている自分の名前を変えるべく、裁判を起こし、認められました。これは、ニュースなどでも報道されました。

 もうひとつ、内田春菊という漫画家の書いた自伝的小説に「ファザーファッカー」というのがありますが、こちらの方は実にたくましく生きています。おそらく、幼いころの精神的な分離が比較的うまくいっていたのではないかと思われます。義父に殴られ、蹴られ、犯され続けて、最後には家出したりするのですが、彼女はそれでもたくましく生きてゆくのです。乱れた家庭の、暴力場面の描写には凄まじいものがあり、読み終わったあと、思わず「ふーっ」と、重い溜息が出てしまうような内容なのですが、彼女はそれでもたくましく生きてゆくのです。

 このように、人によってさまざまな状況に置かれるわけですが、やはり、最終的には、どんなに悲惨な過去であっても、自分に出来ることと言えば、それらの出来事を事実として受け止めるしかありません。人によっては、男という存在そのものに激しい敵意を持つ人もいるでしょう。あるいは、自分の持っている「女」の部分を憎み、わざと女性性を否定するような服装をする人もいるでしょう。性の問題が絡んでくると、心の歪みを修正するのが困難なものになりやすいようです。特に、境界例のような分離不安の問題を抱えている人が、レイプなどの被害にあったりすると、非常に複雑な状態になったりします。しかし、最終的には自分の過去を、事実として受け入れていくしかないのです。

 自分の存在とは、他人によって利用されるだけの存在でしかないのだ、というような刷り込みがなされてしまうと、自尊心がひどく低下してしまいます。自分で自分を見捨てるようになったりします。そして、自分で自分を傷つけたりして、間違った刷り込みに忠実であろうとしたりします。このような場合に必要なことは、まず最初に、自分で自分を見捨てるという行動パターンに気づくことです。そして、たとえば「自分への語りかけ」に書いたように、自分を見捨てようとする自分から抜け出すことが必要です。とは言っても、そう簡単にできるものではありません。長い長い年月がかかります。

 近親相姦を中心に書きましたが、さらに詳しいことは、それぞれ「境界例の周辺事態」にある、「近親相姦」や「レイプ」などの項目で書きます。


【関連ページ】
 自分への語りかけ
 性的な記憶  ( 回復のための方法論 − 過去を振り返る )
【参考資料】
 「甦える魂」 穂積純 高文研 1994.6.25 ¥2884
 「ファザーファッカー」 内田春菊 文藝春秋 1993 \1500 文庫でも出てます。



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